努力不足か能力不足か?

語学にも相性はあると思う。
また、先生との相性もあると思う。
そして、タイトルの能力不足と努力不足。
初めて聞いた情報を、さっさと処理して、自分のモノにできる場合もあれば、何回も何回も練習問題をこなさないとモノに出来ない場合もある。
能力も努力も関係すると思う。
でも、動詞の活用は、ひたすら書きまくったり、言いまくるだけなんだと思う。
もちろん変化のパターンはあるけれど、それは理解を要するものではないと思う。
暗記中心の日本の教育に慣れた人ならば、学校の勉強より簡単!
ひたすら念じればいい。
でも、1年半も経って、その動詞の変化の基礎の基礎!現在形の変化が出来ない人もいる(@_@)
アラビア語のように、動詞の原型が過去形は特殊であって、多くの言語の基礎は現在形。
現在形の活用がしっかり出来ないと、未来形も過去形も出来ないのに。
明らかに努力不足。
それを先生が指摘せず、ご本人も笑って誤魔化しているのを見ると、哀しくなる。
動詞の変化が出来ないって、大変な事です!
笑ってる場合じゃない!!
もしかしたら、アルツハイマーとか、何か脳の障害の可能性もあるけれど、その場合には、続けても仕方ないと思う。
どうしても、続けたかったら、プライベートレッスンに変えるとかね。
これが、私が教わっていた日中学院や東京ロシア語学院や、プライベートレッスンの鬼教師達なら、出入り禁止と言われてもおかしくない!
だって、わかってない授業に出ても、時間の無駄だから。
そう言って、本人に奮起を促すはず。
その前に出来ないのに、笑って誤魔化した瞬間、怒られる。本人が大変な事だとわからないと、ヤル気にならないから。
でも、本人が気付かずに、努力もしないのなら、もう習得は無理だから。
そうなって欲しくないから、あえて鬼になる。
努力不足の人には、鬼教師が必要かもね。
怠け者の私が、鬼教師が好きなのは、そんなわけです。
そして、頼みもしないのに鬼教師のクラスになるのは、きっと語学の神様が、「語学をモノにするのって、そんなに甘いモンちゃうでぇ!これから、毎日毎日、ちゃんとせえ!お気張りやす!」って言う意味で、語学愛に溢れた鬼教師を送ってくださっているのだろうw
画像は、2014年10月19日、モロッコ、シャウエン。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。