ジャッキー・チェンのおかげです。クォーター香港人の語学ヲタクの日々

成龍好きから、何故かマルチリンガルになった私の日々の外国語格闘記と外国語に対する思いをつらつら書き綴っています。

年相応に話したい

莉莉

海外に団体旅行に行くと、高齢者の皆様がガイドブックに書いてあるその国の言葉を使って話される。

その度胸は素晴らしいけれど、カタカナだから通じない。

その国の言葉を知らないから、書いてある通りに読んでも、返ってくるのはガイドブックに書いてある通りに返ってくるとは限らないから、会話は成立しにくい。

カタカナ発音しているから、聞き取れないしね。カタカナは日本語表記であって、外国語の発音表記は出来ません!

でも、通じたように錯覚するのは、団体客が話す相手は、ドライバーとか団体客専用のレストランだから。

こちらがお客様とわかっているから、お客様のご機嫌をとるのは当たり前。


だから、街中でいきなり話しかけても通じないし、単語の羅列では失笑モノ。

と言うか、実際にその場面は何回も見ている。


自分をお客様とわかって接してくれている人達とカタコトの外国語を話すのか、年相応の外国語を話したいのか?

それは、1人1人の自由だと思うけれど、私は絶対に後者!

出会う人皆が皆、カタカナでも私達の言葉を話してくれて嬉しいと思うとは限らないし、いい歳して、カタカナでも通じたら嬉しいなんて思いたくないから。

そう思うのが普通になったら、コツコツ勉強するのがバカらしくなる。


知らない言葉でも、その国の言葉で挨拶はするけれど、挨拶は挨拶。

話す事とは違う。

話すのなら、拙くてもちゃんと文で話したいと思い、日夜、もがき苦しんでいる。


画像は、2014年5月20日、英国、グラストンベリー、チャリスの井戸。

ここは、2回行きました。